「木」を知り、森と暮らしをつないで130年。湘南の注文住宅なら株式会社キリガヤ

社長の不定期日記

社長の不定期日記

6度目の3.11にむけて

来月で6度目の東日本大震災を迎えます。
これまで逗子市では有志で復興支援を続けてきました。
しかしいつまでも同じやり方で継続しても意味がないと感じていました。
そこで今年でこれまでの支援のあり方は区切りとし、来年以降は新たに考えるということにしました。
そこで実際に現地の要望は何なのかを知るために1年ぶりに陸前高田に行きました。
事前のアポで多くの方々にお会いでき、お話しをお聞きすることができました。
 
結論は
1.「ハナミズキのみち」の植樹の募金を募り、2年後に植樹に現地に行く
2.商店街が開業後は積極的に現地訪問の機会を作る

 
最初に陸前高田市商工会に伺い、伊東会長と中井事務局長から現状進行している状況を説明頂きました。
今年の4月末にオープンする第一期の商店街を皮切りに、順次建設が進んでいくようです。
被災された商店のうち、約2/3は後継者不在とかで廃業されるようで、大変に厳しい状況のようです。
今後は中心地街地に商業集積されることで、周辺部は更に格差が出ることが心配されます。
 
1 商工会打合せ_20170213
2 陸前商店街_20170213
 
次に陸前高田市の戸羽市長を訪ねました。
市長からはこれからの全体像を詳しく説明頂きました。
本当に全体の形が整うのは、まだ数年を要し、おそらく震災発生からは10年はかかるだろうと言われていました。
 
11 xxx_20170213
12 xxx_20170213
 
2019年(H31)にはラグビーワールドカップ釜石でもあることで、陸前高田には国営の追悼施設が完成するようです。
これは広島の原爆ドームのようなもので、3千名の方が集まれる施設になるようです。
またその施設と高台の商店街に繋がる道は「シンボルロード」として整備されるようです。
そこにハナミズキを植えて避難路の目印にしようと活動されている人たちがいると聞いいておりました。
また市としてもその運動を推進していると市長からお聞きしました。
それならば逗子の我々の今後の運動はそこと連携しようと思ったのです。
 
3 市長打合せ_20170213
4 市長記念写真_20170213
 
その後市の部長のご案内で、陸前高田市街が一望できる高台に案内頂きました。
 
5 陸前一望_20170213
6 陸前松原_20170213
 
名物の高田松原のあとは13mの護岸工事がされて防潮堤の役目をします。
外の砂浜には4万本の松の植樹が始まるようです。
市街地あちこちに土がうず高く積み上げられていますが、
これはまだ一時的な仮置きで、今後必要なところに移動するようです。
車降りたときうっかり防寒具を持たずに出てしまい、肌さす寒さは半端じゃなかったです。
 
それから「ハナミズキのみち」の運動している浅沼さんたちにお会いしました。
彼女は25歳の長男を亡くして憔悴の中から、息子の声を聞き詩を書き、それが絵本となって活動が始まったようです。
 
7 ハナミズキのみち_20170213
8 ハナミズキスタッフ_20170213
 
2年後の道路完成の時にハナミズキの植樹も手伝いながら、現地の手伝いができればと思います。
 
またこれまで長いことつながりのあった竹駒小学校仮設住宅に行き、話しをお聞きしました。
 
9   仮設打合せ
 
当初は100世帯いたところも今残っている人は17世帯となり、順次移っているようです。
市営や県営住宅ができたり、自力で再建されたりしているようですが、これからの皆さんの思いを聞かせてもらいました。
この後久しぶりに一献傾けましたが、本音をお聞きするのはお酒が潤滑油です。
 
支援のあり方は難しいと思いました。
こちらが良かれと善意のつもりでも、被災者の人たちも刻一刻状況が変化し、必要な支援も変わっていくのです。
それを押し付けるような支援は、現地では困っているというのも分かりました。
これからは現地の人たちが推し進めようとする活動に、寄り添いながら一緒にお手伝いするということであり、
今後の最大の支援は現地に行って買い物でも、観光でもして現地を元気づけることと感じました。
商店ができても地元の人だけでは購買力は限られる。
そこを市外の人たちが顔を見せ、買い物も食事もして交流することが大事と思いました。
真の復興・自立はこれからだと感じました。

過去の日記

PAGE TO TOP