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社長の不定期日記

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三浦半島地域経済懇話会 第二弾

4月に第一回の懇話会がスタート。
その時に石巻商工会議所を訪ねる研修会が決まりました。
 
1懇話会
2新幹線
 
三浦半島の5団体。
鎌倉・横須賀・三浦の商工会議所と葉山・逗子の商工会の5ヶ所の会頭・会長と事務局長で出かけました。
東日本大震災では5,000人を超える最大規模の被害の出た石巻です。
その経済界のトップの方に当時の危機管理の生の声をお聞きしました。
 
3石巻商工会議所
 
石巻は漁業とパルプ・合板工場などと東北の一大工業地点でもあり、その被害は甚大でありました。
被災直後から国や県との交渉で、会頭も仙台・東京へとものすごい回数の陳情や説明に忙殺されたとのこと。
電気が止まり、冷凍庫に入っていた魚が腐敗し、その廃棄をするにも特例で50kmくらい先に海洋投棄を国に認めてもらったとか。
職員も当時は平日は会員の相談に対応し、週末は国会議員の視察を受けることが多く、半年くらいは全く休みは取れなかったようです。
当事者のお話しをお聞きすると、大変なご苦労の連続だったことでよくぞここまで復興したものと思いました。
 
そのあと同じく被害甚大だった南三陸のホテル観洋に行き、そこの女将の話しをお聞きしました。
 
4 観洋
5 観洋 女将
 
強固な岩盤の上に建っているホテルで、全室が海に開けた部屋になっています。
震災にも大きな被害のなかったホテルは、当分の間避難所に解放されていたようです。
この女将はすでに有名人で、これまでにも相当メディアに登場し、被災地の現状を訴えていました。
 
ここでは現在も毎日語り部の活動をされていて、風化させないためにも伝えているのです。
 
6 語り部
 
案内された現場は高台にある中学校で、ここまで津波は到達し、生徒はかろうじて山に逃げて難を逃れたとか。
でもその時の時刻で時計は止まっているのでした。
 
7中学校
8 中学校時計
 
津波の恐ろしさはホテルの部屋から見える先の小島まで潮が引き、海底があらわになったということです。
 
9 津波 島
 
そして5Fのロビーから見えた波は、ものすごい隆起で海面が相当な高さまで到達しているのが分かったと言います。
「地震が来たら津波と思え、てんでこに」という伝えの通りということです。
誰かを救おうとか言ってる間に津波に飲まれてしまうのです。
 
翌日は壊滅的な商店街を一ヵ所に集約して、復興商店街「さんさん商店街」を立ち上げたところに見学しました。
 
10 さんさん商店街
 
これもいろいろ問題があるようです。
車がないと生活が成り立たない地域では、買い物難民者が増えています。
今後はこの問題の解決を図らないといけません。
 
この商店街にチリ津波の被害を50年以上前に受けた縁から、チリからモアイ像が寄贈され建っています。
 
11 モアイ
12 モアイ説明
 
同じ地域でまたさらに甚大な被害を受けたのでした。
 
今回は道すがら松島と一関にも寄りました。
 
14 瑞巌寺
13 一関酒屋
 
松島は入江の島々が防潮堤の役目をしたらしく、津波の被害に至らなかったとか。
一関では造り酒屋が酒だけでなくレストラン併設して、新たなビジネスを展開中。
町に産業がなければ、人は住みつけられず、発展はあり得ません。
 
この度の西日本の集中豪雨での被害は甚大で、年々異常気象の影響か治水にも課題を抱えています。
そうした場合の第一は行政の取るべき緊急の手段ですが、経済界も同様にトップのかじ取りが大事になります。
今回お話しを伺って、いかに危機に対して常日頃から危機管理の訓練とトップの取るべき行動が大事なのかを知らされました。
私も立場上 心して考えを整理して対応していきたいと思います。

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