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陸前高田へ再び…2

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こんにちは、住宅事業部の川添です。
前回に引き続き「陸前高田へ再び」のご紹介をします。
みんなでがんばろう逗子プロジェクト。
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陸前高田市を思う有志が12日23:00逗子を出発しました。
前回6月の上棟のときに参加した方、現場に入って施工に関わった大工さん、はじめて被災地にいくという方、
いろんなボランティア団体に属して頑張ってらっしゃる方など20名以上の方々の参加です。
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バスで揺られること7時間。一関インターチェンジで日の出を迎えます。
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さらに約2時間、気仙沼の町を通って…陸前高田市に入ります。
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今回の訪問で今までと違うことは…?
陸前高田のシンボルだった あの一本松がないこと。少し寂しい気がします。
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今回は陸前高田の語り部の方が市内のあちこちを案内してくださいました。
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まずは、陸前高田市役所。
職員や臨時職員、来所者を合わせると100人程の方が亡くなっのではないかと言われるこの場所。
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私はこうして、車を降りて市役所を見学するのははじめての体験でした。あらためて全員で黙祷。
語り部の方は、地震の後の避難の大切さ、訓練の重要さを、二度と同じ思いをして欲しくないとの思いをこめて話してくださいます。
この教訓は私達海沿いに住む者はとくに、胸に刻むべきことなのでしょうね。
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ここはもともと陸前高田駅があった場所。今は跡形もなくなっています。
市役所、市民会館、市民体育館、郵便局、…。街中のあらゆるものが流された、まさしく”壊滅的”とはこのことだと、あらためて思うのでした。
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陸前高田から大船渡に向かう アップルロード。小友地区、米崎地区を通って行く道すがら小さな仮設住宅群がありますが、
そこには確かに、私達が作ってお届けしたベンチを見ることができました。
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この小友地区は、半島の根っこにあたる部分で、ひときわ低いその地形柄、正面と背面から津波が襲い、
その津波と津波がぶつかり合ったその時は10メートルを越える水柱が上がったそうです。
その後も道路が寸断されて、長い間陸の孤島と化した地域でもあるそうです。
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バスは大船渡に入り沿岸部分を走ります。そこもまた防潮提が破壊され被害の激しい所です。
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その崎の碁石海岸は碁石のような黒い丸い石の海岸であることからその名が付きました。
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その先には荒々しい岩肌の雷岩もみれます。
被災地だけでなく、このような景勝地をみることも今回の収穫ですね。
近くには温泉もあるようです。またゆっくりと訪ねてみたいと思いました。
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何度も陸前高田にはお邪魔してますが、初めて伺うところも多く、とても興味深いひと時でした。
語り部の大坂さん、短い時間でしたがありがとうございました。
                                                     川添

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